Unlock the door to Creation

「身体一つになっても喰らい付いて倒す。その心そのものが仮面ライダーなんだ」

- 『仮面ライダーW』48話 / 左翔太郎

Twitter番外編――下書き集――

Category: Twitter

ラーメン食べてきて多少メンタル良くなったノリでするジョークツイートなんですけど、「SNSで創作を宣伝する戦略の1つとして作者自身もまたある意味コンテンツでありたい」みたいなやつ、創作者の端くれとしての自分は生まれる時代を大きく間違えたと痛感した(以下略)

(2018/3)


すんでのところで投稿できなかった、Twitterアカウントの下書きを掘り返していたらこんなのが出てきました。2017年7月以降同じようなものが他にも大量発生していたため、せっかくなのでまとめてみました。
(あんまりにあんまりなものには検閲や修正を加えてはいますが)下書きとあって比較的無遠慮な表現・内容も混じっているので、ご注意を。
また「下書きじゃねえだろ」と思った方、これは下書きです。ご注意を。

集めてみたら割と長くなったので、以下の目次もどうぞ。

プリンセス・プリンシパル

声優陣をピックアップするとドロシー役の大地葉氏、ウブっぽさの残る色気を序盤の「まあ、ときどきね」って台詞ではっきりと感じさせてきたのがびっくりした
この人が今のプリパラであんなボーイッシュ一辺倒のキャラやってるのかと思うと二度びっくり

(2017/7:ここで上がっている大地葉氏担当のキャラは『アイドルタイムプリパラ』より、虹色にの)


「ベアトリスの魅力」でエントリを書きたくなった
スパイとして暗躍する程度にはある度胸、それでも5話で十兵衛に正面切って向かったときには呆気なくやられちゃう絶妙な戦闘力、それと何よりメインキャラ各々に愛され6話で地上げ屋(?)やバーの客に目をつけられる地の魅力
ベアトのイラストをやたら見る理由も何となく分かるんだよな……自分も今のところ一番になっちゃったしな……

プリプリ6話はドロシーの思い出の曲が特殊EDになる理由づけにそのベアトの魅力が関わってたのも仰天した
個人的には尺の都合も見えた気がしたけど、本来のEDを割く価値は感じたし、その上ドロシーパパの描写まで入れるのが悲壮感出すぎて上手い胸糞脚本だった
ドロシーとベアトがバーで笑顔になってたシーンにカットバックで入ってきたあのモルグのシーンは対比的な意味合いも含めて破壊力強かったですね(割と下手な理不尽よりしんどい)
そもそも6話中においてドロシーパパの負の部分を強調するのにベアトがちょいちょい絡んできてた(パパがベアトに乱暴するシーン、あるいはドロシーとベアトの境遇における共通点)ので二人して光ってる面白さがあった

(2017/8:6話をいたく気に入っています)


6話を見返して、記憶してたより駆け足だなと思いつつも、やっぱり他の回より出来が頭一つ抜けてるというのを改めて感じたので、6話を勧めるのは鬼畜の所業でも何でもなく割とアリだと思った

(2018/5:その結果がこれである。なお普通に掴みとして上々な1話を見せれば充分であるとも思っていたり)


SHIROBAKO

安藤の「二次創作って作品に対する理解とキャラに対する共感のカタマリですからね」って談が槍玉に上がってるのを見てああそんな至言もあったなーと感じつつ、実際のところは理解 "欲" と共感 "欲" が正確……というかせいぜい関の山なんじゃないかと今は思う
2次創作の成立プロセスにはちゃんと敬意を払う意義もあるという安藤の考え方の現れだったという意味でなかなかの名台詞ではある

(2017/8)


続編決定って聞くと自分の場合どっちかと言えば不安になるタイプの作品だったおかげで手放しで喜べないからなんですけど
でもおめでたいことはおめでたいし何だかなあ

(2018/4)


放送当時は絵麻を面白がったりみーちゃん可愛い言ってたりしたけど今は一周回っておいちゃんに落ち着いてるところがある

(2018/8)


serial experiments lain

lainを見ろ、見るんだ
lainは見れる人見れない人が真っ二つに分かれる作風なんで見ろ見ろっつって最後まで見る人がそんなにいたらどうせ驚愕するんですけど、そりゃもう見る人が増えてほしくはあるのでこれからも見ろと言い続けます
四の五の言わずにlainを見るんだよ

(2017/8:lainを好きになりましょう)


アイドルマスター シンデレラガールズ

きらりはテンションアップアップなところがかわいいかと思えば気配り上手だったり繊細なところには年頃の女の子って感じのかわいさもある
一方で包容力もその魅力だと思うんだよ
あとはあんきらのきらりが包容力のちょっとズレたオカンっぽいのも好きですね

(2017/10)


プリパラ

みちるの夢と右肩に関して撒かれた種を今週のプリパラが綺麗に攫ってったのを見て少なからず膝を打ったんですけど、それ以上に作中で描かれている子供たちの夢に対していろいろと思うところがあった
何というか、にのみたいにパックに夢を食われた子たちが小さい頃一度夢を否定されたミミ子と被る

夢を食うパックとミミ子を妬んだ子たちに、どうも夢を潰す外的要因としての共通項が見えてしまう
ひいてはその原動力が(前者はパック自身ではなくガァララのものだけど)同じ妬みなのも1つ
そして他人に夢を食われる前に自衛をしたことで、プリパラでは期せずして既に夢を叶えていたみちる

もう1つ、その辺りの関連性と夢に対する現実味を感じた部分が、他人に直接夢を潰されるよりは自発的に抑え込んででも夢を守り抜くほうが明らかにダメージが少ないって点
代わりに抑え込んだ夢を思い出すってのは壊された夢の修復とまた違う難易度があるし、ミーチルの喜びも一入だっただろうと思うと

(2017/12:『アイドルタイムプリパラ』35話感想)


古代の夢を覚まさせる段のマイドリ3人の言葉がちゃんと刺さってああ何だかんだで押さえるべきところは押さえられてたし3人ともいいキャラしてたなあと思わされたのでした
みんなお互いのことあんま理解してなさそうだけどそれより上位に位置してる理念を共有してれば仲良くなれる、そういうのを現してるのが「みんなトモダチ、みんなアイドル」だったり「みんなの夢は私の夢」だったんだなという
あと主人公補正ありのマイドリ並みに刺さったのはやっぱりガァルルの言葉でしたねえ
尺が厳しいんじゃないかと思ったようなところもあったし、販促事情に振り回されたらしき部分もあったと見えるし、次のシリーズがどうこうとか関係なくプラス1年分の枠で見たかったですよプリパラも
リアルタイムで追ってたのは1年ちょっとだけど、ホント楽しかったよ

そういえばガァルルとガァララの2人ももっと掘り下げてほしかった部分の1つだったなあ

ガァララが出てきてすぐの頃にあの孤独を咀嚼してSSを書こうと思ってた気がする
ガァルルとの接点ができてそれが1度再燃した気もする
結局気だけで頓挫しちゃったけど

(2018/3:『アイドルタイムプリパラ』50話感想と、最終回に寄せて)


ななかさんの印税生活入門

『ななかさん』読んでくれたイラスト寄りで創作やってるフォロワーさんは話運びに対して「暗黙の了解で成立してる」って言ってたけど、曰く絵的にも「ごちゃごちゃさせずにポイントを押さえてる」らしい(自分はごちゃごちゃしてないのが何となく分かるだけ)

25話を読んだことで『ななかさん』の魅力を言語化する機運が高まったし実際ある程度その試みが進んでる感ある
と思ったけど魅力の言語化はあんまり上手くできてなかった、どっちかというと考察をするようになった部分のほうが大きい

25話、会話劇重視でキャラの個性を滲ませる流れが新キャラメインの今回も相変わらず冴え渡ってる上に、22話の会長の話を地で行く展開になっててとてもよい
元々ノリいい性格してる上に文芸部復興唆した張本人だし今回もななかさんといろはちゃんの言い合い見ながら楽しんでるんだろうなあ

(2018/1:現状は魅力の言語化が優勢です)


合宿で浮き足立って創作から気持がズレた登場人物の緩さある中にも各々地がしっかりした感じがやはりたまらない
こういう感覚を持たせてくれるから登場人物が生きてる感じが強いんだとつくづく思わされる
それでこそななかさんたちの創作に関する思いもそれなりの重みを伴って感じさせられるわけだし

(2018/5:原作30話感想)


ご注文はうさぎですか?

ごちうさ映画、 無難な感じでよかったです
一言感想としては「しっかり笑えてしっかり感動した」ってのが率直なところ

至上の誉め言葉として端的に言える
ごちうさはごちうさであるとして、それとは別にごちうさは日常系である以上これがいいのだ
ドラマ性過剰にならないから笑えるし感動できる

キャラが泣いちゃう理由を当人にとってはシリアスにかつ事情を知ってる別のキャラにとってはギャグとして見せてメタ的には茶番のようなギャグとする描き方、キャラが一瞬一瞬を楽しく暖かく過ごす間の埋め方をした映画ごちうさ(アニメもそうだけど)の冒頭にもってくることで、いかにも当人たちの主観においては多少ドラマティックであるその内情を、視聴者にはそれとなくドラマ性を排除して暖かい日常の1シーンとして包み込んで見せる効果がより強まったんじゃないかと思いました
アニメ(1期はともかくとして)2期はそういう傾向が無理に強まった結果としてドラマ性皆無の日常描写の間延びがテンポの間延びとして現れてしまったという実例がある(もしドラマ性を追求するならここにはオリジナルとしてそういう要素が入って然るべき)ので、この見方は割と妥当だと思うところ

一番印象深いのはリゼのもやもやにシャロより先に千夜が助け船を出したシーン、シャロ好きシャロリゼ好きの血がちょっと悄気た一方で、2次創作でたまに見る "シャロリゼを見て病む千夜" みたいなのが苦手な千夜シャロリゼ好きの血は「ありがとう」ってガッツポーズしてました
このシーン、単体で見ても説明が足りてなくて要ツッコミの可能性がなきにしもあらずな上に原作には元になってるシーンがあって話の流れとしてはそっちのほうが筋が通ってるので、シーン転換を減らす都合で改変したにしてももう少しフォローがあったら嬉しかったなー……ってとこではあるんですけど

(2017/11:ごちうさDMSについて。原作者が監修に入っていたのを忘れて少し不安視していたのは内緒)


真面目なシーンの話をするとココアが「あの3人が同じクラスで本当によかった」って言ってるのはココアと一緒にチマメを見る視点でももちろんだけど、これぞココアのお姉ちゃんらしさって感じがして今回一番好きです
そういうところで当人たちの立場を第一に考えるからこそ何だかんだでココアはあの呼び方をされるべくしてされるんだよなあ

(2018/1:原作7巻収録済の回に関して)


こみっくがーるず

こみがそこまでちゃんと読めてないのでかおすが本名だと今の今まで思ってましたごめんなさい

(2018/4:アニメ開始直前のボクの認識はこの程度でした、ごめんなさい)


掴みとして無難な脚本にキャラの個性が活きる演出
しかもこの演出、漫画っぽさが独特に押さえられてたのもまた一興

(2018/4:アニメ1話の感想。この頃から溜まっていた原作も意識して読むようになっていきました)


前回新キャラ出たこみがは後発キャラほどエネルギーを多く削りにかかるテンションなのだろうかと言わんばかりにそのキャラの独擅場で読んでるとリアルにかおす先生状態なるなあ

(2018/4:原作55話、くりすが自分の入寮祝いパーティを自ら主催した回の感想)


原作読んでのこみがの感想って割と「かおす先生大丈夫か」が多いんだよなあと思いながらアニメ3話を見たらそこもまんまであった

(2018/4:この「大丈夫か」という問い、結構色々な意味がありました。結果としてはこれが解消されてこみがにハマる形に)


そういえばこみがアニメ化前にかおす先生はかおすが本名だと思ってたって言ったけど、本誌のキャラ紹介がかおすになってるんだよなあ
あれはやっぱり本名だと勘違いしちゃうよ

(2018/5:ごめんなさい)


自分がこみがに対して抱えていた最後の懸念への回答になってたので、ファクターが揃って陥落すべくして陥落したと言える

(2018/7:編かおを通じて『こみっくがーるず』に心から惚れ込む直接のきっかけとなった、原作58話の感想。漫画家として成長する上で今ひとつ深刻さを欠いていたというかおす先生の問題を浮き彫りにして解決を促した点(本話でついにかおす先生が「連載したい」と宣言!)、編沢さん独自の編集者としての苦悩、ネームとそれを見せる際のやり取りに見て取れるかおす先生から編沢さんへの思い、それに応えようとする編沢さんの姿、そして寮母さんの至言、全てが「この作品らしさ」によってまとめ上げられた、本当に素敵な回でした。)


爆乳先生はかなり愛が重いと思う、これに関しては「つーちゃんも私がいてよかった!?」に結構集約されている感
寂しがりなとこと「自分よりも人のため」なとこがリンクしてるように感じる
寮に入るって言い出したのもTL漫画書いてるのもそれを止めるって飛び出してったのも全部自分以外に要因があるの、すごい
サイン会とかクリスマスでも自分自身の本心に対してはなあなあで終わってるし
「つーちゃん漫画書いてて楽しい……?」って言ってたその台詞は自分に向けるべきものなのでは
SSに起こす上で妹と組ませるか翼と組ませるかでとても迷う、翼の場合2人の仲を構成する要素が現時点での本編中の描写だけだと微妙に不足してる気がする(多分翼側の描写の事情)一方で妹の場合「寂しがりから妹をせがんだ」みたいなとこから展開する像が既にできてしまったのでどっちも厳しい
TL描いてて反響が窄んできたみたいな状況を爆乳先生に与えたらTL続ける方向に動かなさそうでなんか困った
ウィングV先生だと「自分だけの自由な世界を描きたい」→「楽しませる側になりたい」だし継続問題が完全に本人の外側の影響でしかないからその辺り安定してそう
るき→つばはまあいいとしてつば→るきの「お母さんだったらよかったのに」が考察材料として絶妙にピントの合わない台詞で難易度が高い
作中内の材料から直接導ける結論は「怖くない(自分に対して威圧的でない)人がお母さんであってほしかった」だとして、突っ込んで考えると「理解者・支援者が側にいてほしかった」うんぬん

(2018/8:るきつばに関する考察をしながらSSを書こうとしていたら重くなりそうになった逸話。収拾がつく兆しがなかったため、結果的にはその重さを極力抜いてるっきーの「自分よりも人のため」を打ち出した形でるきつばSSが完成しました)


かおす先生は作風的にウイングV先生とかmiki先生とか登場人物と同期を図るタイプの作家を見習ったらオリジナルでも変わるのではなかろうか

(2018/8:寮生からも一歩引き気味なかおす先生への当時の解釈。そんなかおす先生も、編沢さんの尽力もあり、62話でどうにか連載を勝ち取りましたね、おめでとう)


こみが読んでて一番面白いと思うのフーラ先輩かもしれない

(2018/8:色々考察もしてるのに落ち着くのはそこなのか……?)


ミイラの飼い方

多分みんな可愛い作品って感じの印象
ミーくん茂木さんはもちろん空くん可愛いの念が発生するとは思わなかったので(中の人が中の人だろうと男性キャラを可愛く感じるとは思わなかったという意味です)
つい色々考えて見る程度にはツッコミどころもあるけど自分のハマり具合で言えばなかなか強い
人間にしろ人外にしろキャラクターを可愛く描くことにかけてはかなりの強さがあるし、特に人外キャラに関しては個人的に感じたたった1つの欠点がどうしても惜しいと感じちゃうくらい突出してると思う

(2018/4:見始めた当初は空くんまで可愛いという趣旨でしたが、最終話視聴時までにはめでたく人間キャラも全員可愛いと思うようになりました)


終末のイゼッタ

もう1話が欲しかったなあ、尺が絶妙に足りてないのが残念だった
画的には冴えまくってて楽しめたし、それを考えると尚更
イゼッタ見て思ってたことにプリプリと尺の都合が逆だったらどっちもより自分好みだっただろうってのがある
基本的にプリプリのほうが完成度は高いと言えるけどイゼッタはどうにも活かし切れなかっただけで世界設定の密度とか百合成分の一貫性で上回ってて、そういうとこで自分はイゼッタのほうが遥かに気に入りました、というのが比較してみたときの自分の感想
あと自分の印象だとアンジェとプリンセス両方にベアトが半分ずつ混ざったらイゼッタとフィーネになったって説明が一番近い

(2018/4)


アイカツ

有栖川おとめがかわいい、いちおとおと蘭おとさく好き
中の人見てこっちのタイプの声のキャラにハマると思わなかった
とは言え天然なところだけじゃなく努力家な部分まで刺さっちゃったからまあしょうがない

神崎美月を見てるとすげえキャラ主導で動いてる味の強いシナリオっぽいなあと思う
なんか伏線撒いていってる感はあるけどその拾い方とか収拾のつけ方をどう決めてたのかがすごく気になる
遠くまで見据えすぎてるのかライブ的に決めてるのか判断しかねるし(それも物によって違ってそう)

KIRA☆Powerのシンセすごく好き、Bメロのところから尋常じゃないほどテンション上がる
あとEDに留まらず作中でも要所要所でやってくるカレンダーガールが狂おしいほど好き、本当にタイミングに感動してばかり

本編中の描写に関して言うと33話、オーディションに合格できなくてズッコケかけるくらいガッカリしちゃったおとめに蘭が手を差し延べてたところ
細かいけどそういうシーンが心をくすぐるんだよなあ

大空あかりが一ノ瀬かえでに「よく分からないんですけど私、先輩に運命を変えてもらった気がするんです」って言う話をすごく見たすぎる
一ノ瀬かえでとかいう出現当時得体の知れなかった規格外キャラが唐突に放り込まれたアイカツ34話が及ぼした影響って作中視点でもメタ視点でも実は相当甚大なんじゃないかと80話から感じ出した

一発で気に入る曲より何度か聞いてるうちに好きになる曲が多い、当て嵌まらないのってラブリーボムくらいかな
特にフレンドは一番好きになるまでのスパンが長かった気がする

3rdシーズン以降で、珠璃を気に入ったのは多分当番回が演出的にもハマったのが大きいだろうなあ

4thシーズン、ののリサが続編シーズンの導入としていい役割を果たしていたので2人のピックアップも多めであのままもう半年分くらい見てみたかったと純粋に思ったのと、171話の破壊的すぎるまど凛分に「は?」ってなったのが印象的

カレンダーガールがいいところでーって話しましたけど、オリジナルスターもいちご祭り含めていいところで来てる印象ありますね
いちご祭りのは特にいつもみたいなステージじゃなかったのもかえって特に心に残った一因でした

全体通して思ったこととして、展開がしっかりキャラ主導で描かれてた件はちらっと見かけた制作陣インタビューにもあってまあそうだよなあという感じ
34話は前にも言及したし、それ以外にも美月→いちご→あかりのバトンパスに関しては特にいい意味で
やっぱり178話+αを通してぼんやり思うのは34話の影響
特に作中視点で言うと見進めるほど積もっていくあの甚大さは……

(2018/4:アイカツ34話に関しては、個別にエントリを立てたいくらい。でもそれを作るくらいならSS書きたい)


リズと青い鳥

自分が『リズ』に(広義の)百合を見出せたのはそもそも本編の時点でのぞみぞを百合と感じていた→今回の映画はのぞみぞがメイン、という帰納とそれを補強し得るかのような希美の「(童話)『リズ』って私たちみたいだね」という台詞から作品全体としても百合を見出せる、と帰結してるのであって、自分の百合基準を万人に当て嵌めたとしてもその前提がない限りは百合へと帰結はしない
監督が「100人見たら100通りの感想が〜」と言っていたらしいしそれに違わずキャラの言動1つ取っても意味付けが多分で奥行がある完成度だった
理屈で読もうと思えばいくらでも読めるけど、その必要性って話になるとほとんどないと思ってる

みぞれから希美への好意が一方的に詳らかになってること(ユーフォ本編はそうだったと記憶)が一人称不在なハズの作品をみぞれに寄って見てしまったという意味で自分にとってのトラップだった気がしなくもない

(2018/4:本編『ユーフォニアム』と異なり登場人物の主観を意識させなかった本作、どこ(誰)を見るかで割に難儀しました)


デジモン

デジモン見るなら無印、02、テイマーズは絶対見るべきだと考えている
フロンティアも面白いけど捨て回が割とあるちょい粗めの構成なのでそこまで重要ではないです
セイバーズとクロスウォーズは面白い一方でいろいろイレギュラー要素が強いので先に見る作品ではない

デジモンって脚本勢が全員名篇書ける人だからだいたいの回を楽しめるけど、本質的にはファンタジーの一種だし、ギャグを使ってデジモンへの親近感を根付かせた回が面白かったりするから浦沢脚本回を見ると魅力が分かったりするんだよなあ

あとはタイムリーなところで言うと『リズ』を書いてる吉田玲子女史も要所要所で名篇書いてたりしてなあ

(2018/5:確かこの辺りでニコ生一挙をやっていた覚えがある。ちなみにその日の翌日公開だった映画に関してはお察しください)


のんのんびより ばけーしょん

なっつんの一夏及びあおいとの交流が主軸、れんちょんの旅行の目標が次点の軸に据えられて、後者の産物の1つである「なっつんとあおいがバドミントンをした時の絵」が前者のキーアイテムとして上手く機能したいいエピソードだった
個人的に沖縄旅行中ほたるんが割と年相応に戻ってた一方で珍しくこまちゃんがお姉さんポジやったり先生が先生ポジやったりしてたのもポイント高かった
っていうことを述べた上で、まあ敢えて叫びたいですね、「やっぱりもっと長尺で見たかった」と

やっぱり基礎がしっかりしてるときの吉田玲子女史は強い

(2018/9)


アニマエール

憶測ではあるけどアニメ1話範囲が原作の段階で導入としてマズいのではないかという印象を受けた
冒頭でチアやってるのを見て惚れ込んだそのプロセスにAパートまるまる割いてもいいくらいだろうに
キャラの性格それ自体を立てるための描写が優勢で、「チアに夢中な主人公」に感情移入させるのが厳しい脚本になっていた

2話以降良くなってるから見続ける

自分はどうして見続けられてるのかと考えると確かにチア描写が細部までできてるのと会話劇の間の良さなんだけど
ひづめを追い出した元チームメンバーが明らかに悪として描かれてるのにそれ以外が極端に優しい世界で、ひづめ自身のトラウマもギャグとして扱われてるのが消化不良

気に入ったキャラは宇希、こはうき好き

(2018/12:1話の問題点に関してはそもそも1ページの半分で描かれて終わるらしい原作の導入に同じ問題を感じ得るのか、アニメでチア描写だけが中途半端に追加されたのが裏目に出たのか原作を確認してみたいところ)


ちゃんとひづめが元いたチームでの話が掘り下げられてよかった、導入としてちょっと問題あった1話から考えてみりゃ流石に遅いけどフォロー入れないよりは当然いいし、何より重すぎず軽すぎずの絶妙な匙加減で描いてたから見てた甲斐があったと溜飲が下がる

しかし宇希さんはこはねの幼馴染なんだか彼女なんだか母親なんだかおっさんなんだかよく分からない

ド天然2人とクレイジーサイコレズ2人に囲まれて正常な思考を保ってる率最高のこてっちゃんが一番貧弱メンタルな辺りあのチア部って何だかんだ結構バランスよくはある

こみが原作に魅かれる前にアニメ見てた頃「可愛い服着て萎れたり原稿食ったり何じゃこの作品奇人ばっかりだあ……」と思ってたけど今となっては慣れ、同じきらら作品であるアニマエールを見て「幼馴染の太腿に頭挟まれて喜ぶとか奇人が過ぎらあ……」と思ったその辺りにもいつか慣れたりするんだろうか

(2018/12:11話までの感想)


<24日追記>

最終話見た、アバンから最終話っぽさ全くなくてどうなることかと思ったけど1クールの総決算としては充分な完成度もあったし最後まで楽しめた
1話で不安だったのがもう懐かしい、総合的に見れば流石安定の動画工房

最終話にしてまた一皮剥けたのがこはねって辺りは結構ツボにハマった、この手の作品に限って「主人公に影響を受けたキャラが逆に主人公を助ける」展開が来るとは思ってなかった
自分たちの番になってもまだ緊張が解けなくて、段々と仲間がいるって実感しながら本来の良さが出せるようになってくのもリアルでよいよい

ひづめの過去問題に関しても11話同様重すぎず軽すぎずの塩梅を上手く保ってていい感じに最終話としての決着に注目しながら見られた
作中視点でもメタ視点でもその辺りにおける根古屋姉妹の功績は大きい、彼女たちは果たしてどこまで本心でどこまで猫を被ってるのやら

「私が犠牲になるから!」「それは役得って言うんじゃないの?」ってとこ好き、宇希さんにも最終回まで笑わせてもらった

(2018/12:最終話までの感想)


<2019/2/6追記>

ひづめの中の人がアイドルタイムでみちるの担当だったの、もう一度ちゃんと覚えておこう

(2018/12)

ゾンビランドサガ

確かに面白いし好みだけど……
世界設定は時代背景の活用が出てきた一方で構成は序盤ギャグに頼ってる面が強い割にセンスのあるギャグが多いワケでもないし、各話脚本もシリアスとギャグがどっちつかずな上に完成度もムラがある
そしてそもそも尺が足りない匂いが

ゾンビたちの設定が出来てるのは痛いほど分かる、百合を感じる向きも一応分かる(要するにその設定が根付いた関係性の描写はしっかりしてる)
見どころはちゃんとあるし、それを活かして「こまけぇこたぁいいんだよ」な思想前面で作る手立てはあっただろうに、アイドルが頑張ってライブやればそれで泣かせられるだろうという大それた目標を達成しようとして裏目に出てる部分が大きいというか、下手をすると驕りかとも思えてくる

せっかく気に入りかけてたリリィに当番回の8話でちょっとがっかりした(死因にシュールさを覚えてしまった)代わりに9話のサキが刺さりました、あの生き様はズルい

(2018/12:9話までの感想)


さくらのネガティブ気質の根を11話だけで書いちゃったのは土台無理があったっていう構成上の雑さが(ゾンビ記憶保持中のフラッシュバックに元来の性格を想起させるカットがあれば微々たるフォローにはなったろう程度)(ここを見逃してる可能性があるのは不覚)
そして巽(ともっと言えばゾンサガ世界におけるゾンビ)の背景を描写してないから「こまけぇこたぁいいんだよ」要素が中途半端に不純物として沈殿してるワケで、ここまで来てもし12話で無理にでもそこへのフォローがなかったら巽は「普段適当なこと言ってばっかな割に何かいいとこ掻っ攫ってく変なヤツ」で終わるのでそこは絶対に欠かさないでほしい、という極めて個人的な展望
それさえ先にやっておけば11話の「お前(さくら)に希望がなくても俺(巽)にはあるんだよ」って趣旨のセリフももっと厚みが出たのに……と切なくなること頻り
さくらの記憶に関して浮き彫りになった構成上の問題としては「記憶の喪失ないし混濁が物語全体に波及する影響まで破綻なく描くことはかくも難しい」って一点に集約されそう

巽に関する考察が突然出てきたので奴の設定が出てこなかったら大真面目にSS書いてやるのもアリかもしれないなどと

(2018/12:11話までの感想。内容は否定的側面が多く、12話の出来も言うまでもなかったですが、一方で見どころも多々ありましたし、作品として好きな部類ではあるのでこれでも楽しんで視聴できました。OPもカッコいいもんね)


きらら作品一般

きんモザとかごちうさのCPで一線越えるやつ、描写によっては確かに好きなのも割とあるけど、自分はそこに至るまでのプロセスを補完できないので書けない
「補完できない」根源的な理由は「それが行為を伴わない愛でない確たる証拠が自分の目では認められない」というやつです

(2017/8:自分の2次創作観ってめんどくさい、と思いながらも死守せざるを得ないラインがあります)


恥ずかしくて町を歩けないレベルには際どい戦闘フォームが存在する全年齢向け漫画

(2018/2:『まちカドまぞく』が身も蓋もない一言で表現されていた)


ゆずこ「唯ちゃんあるある」
縁「何ー?」
ゆずこ「おっぱい」
唯「ニュアンス!!!」

(2018/8:Twitterでゆゆ式の2次創作漫画を見て)


<28日追記>

どうびじゅ、美術ってテーマがしっかりしすぎてるのに加えてファンの一部にどうもジメっとしたものを感じる(前にも言った気がするけど)その揺り戻しもあるのか未だにCP視点が頭に入ってこない
とりあえずすいにゃん先輩は可愛い

(自分の百合基準には合致しないため熱狂的なファンの発言に理解が及ばない、というお話)


仮面ライダー一般

考察材料こそ数多あれどオーズを見るときはいつも気分が上がって落ち着いて見れない、みたいな話してたらそれだけで今日も気分が上がっていた

欲望は感情の1つであって登場人物が皆それを前面に出すからこそオーズは見てて感情が発露しまくるってのをちょっとした知見として得られた
小さくも重要な収穫である

(2018/1)


フォーゼ、弦太朗君の地の魅力だけで見続けられた感ある
最終回が……って談をどこかで見てて、自分が見た感じとして「卒業式を持ってくるのは青春劇としてはこれ以上なく効果的に作用するギミックだけどシナリオとしてはあれじゃあ投げ遣りだよね」という
逆にフォーゼで一番気に入ったのは変身だった、ダサいダサい言われてるフォーゼの造形もあのダイナミックさから始まる戦闘シーンのおかげで言うほどダサさを感じなかった
敵だとキャンサーゾディアーツは結構好み

(2018/8)


アニメ一般

プリチャン、プリパラでしか縁のないめが姉ぇがめっちゃお喋りになってたのが面白かった

(2018/4:1話視聴後の感想ですが、現在途中で視聴が止まっていたり。尚この後プリリズも3シーズン視聴し、めが姉ぇとはもう少し縁ができました)


アイフレはキャラ立ち良くて見やすかったですね、これはハマるかも

(2018/4:1話視聴後の感想ですが、現在途中で視聴が止まっていたり)


<2019/2/6追記>

スクライド、今になって見返してみても1クール目のラストで2人の主人公格がどんどん強まる因縁のまま殴り合った果てに何もかもが吹き飛んでくなんて脚本の上に絵的にも冴えたもの(エフェクトやばすぎ)を見たらもうテンションが高まる高まる
アツアツの鍋を囲んで舌鼓打ってたら溶解寸前まで熱された鉄鍋を顔面にぶつけられたみたいな

(2018/12)


漫画一般

8人のメインキャラがいて2人ピックアップするだけで28通りのCPがあるワケで、10年間多様な着眼点を設けながらそれらを上手く捌けてる点は素直に評価するしかない

(2018/6)


ゲーム一般

ここ最近でやりたくなってるゲーム、具体的に言うと『黄金の太陽』『Undertale』次点で『超ポケダン』『カービィロボプラ』『大神』でここに今日始めた『LAL』を加えるとここ1年くらい自分がどういう風にやりたいゲームを見つけ出してるかが一発で分かる

(2017/9:ちなみにここで上げた『LAL』以外のゲームは結局まだやってません)


『LAL』、各編共通の感想としては『魔王オディオ』〜『Megalomania』のBGMの流れが当たり前のように鳥肌を誘ってくる強みを感じるのと、狙ってそこにキャラの死(よくて生死不明)を絡めることで逆説的にキャラの生の実感を強める流れを徹底してるところになるか

SF編はベヒーモスを抜きにしてもサスペンスホラー色を十二分に感じられるストーリーと演出が待ってたり、原始編辺りは基本的にストーリーでゲラゲラ笑いながらプレーできたりするし、どれにしろなんだかんだ登場人物が必死に生き抜く様が見れるよさがあるので

登場人物に感情移入するよりメタ目線を保ったまま世界観に没入して第三者目線で話を楽しんじゃうんですって人に『LAL』は特にオススメです

(2017/9:『LAL』に関しては個別エントリを立てたかったけど、初プレーからもう1年経っちゃいました)


DS版でもこうなのか
GC版でエイブルシスターズ初出のときから確かこうだったハズ
考えてみたら当時もうあさみさん単体以上にこのやり取りが好きで仕方なかったし百合クラの端くれを自認する前から完全にCP厨だった

(2017/11:何を見たのか完全に忘却してますが、百合を嗜好し出す10年以上前、どうぶつの森+をやっていた頃、既にその片鱗があったらしい)


きらファンに関して「ここは良い」と感じられたところを1つ思い出したんですけど、オリキャラも基本的に日常系作品のキャラのノリを活かせるように設定されていてあまり露骨な悪役を出せなさそうなのか、敵側のキャラがポンコツだったり人間味をもってたりという匙加減で上手くできてるなと思う

(2017/12:ちなみに現時点できらファンはほぼやってないに等しい)


ホニャに人間の姿があるんじゃないかって説、チェシャ猫翼が11幕で出てきたときに能動的に猫キャラどうこうと噛みついたのが個人的に信憑性を高めている気がする(6幕と違ってホニャが猫の姿であるということを軽視した一幕より先にホニャの不平が来てる)ってのでとても気になってる部分ではある
猫の姿のみであるならば猫であるというアイデンティティが勝手に揺らぐハズがないので、6幕みたいに夢世界で結菜先輩が猫やるせいで通行人の役割をやらされた、みたいなことがない限り不平を言うべくもないという意味

(2018/3)


音楽一般

ここ4、5年くらいでアニメにハマり直すまで聞いてた音楽は諸事情あってもう大っぴらにはしないつもりだったけど、1つ触れておきたくなってしまった
ちょっぴり歪だったりとかどこかしら変態な曲を自分が好むようになった影響の8割を志村正彦存命時のフジファブリックが占めている

当時のフジの楽曲は自分の中で全く感情移入できないのに何だかムズ痒くなる楽曲と感情移入が激しすぎて叩きのめされる楽曲に二分されたのも懐かしい
個人的に前者で特に顕著なのは『花屋の娘』『銀河』『東京炎上』『地平線を越えて』、後者は『蒼い鳥』『Anthem』『タイムマシン』『陽炎』とか

(2017/11)


その他雑多な思考・嗜好

自分がクリエイター職に向いてないことの本質、絶対的評価の叶わない業界で創作の質を維持してその創作物で対価を貰うには自分の場合評価とそれに基づく対価を全く考えないことで自分に与えられるプレッシャーを回避する必要があるからだってのがようやく分かった
引っ繰り返すと……これはある種の至上命題だな
たとえ創作が趣味に留まってる状態であっても自分がそこに隠しもつ欲に対してある意味では向き合いながらある意味ではスルーする立ち回りが要求されるのか
技術屋に対価が払われるべきってのは至極尤もな話として、とりわけ創作において技術の有効性を伝えるべきときに伝えること(これが評価への意識に繋がってる)をプレッシャーのせいで達成できてないようじゃそれを職にするには無理がある、みたいな話

(2017/7)


何となく今一度自分の嗜好を纏めておくと、自分が考察するのは「その作品が考察するに足るから」かと聞かれると必ずしもそういうワケではないんです
楽しめるかどうかと考察するかどうかもまたちょっと違っていて、楽しんだとしても考察しない可能性はあるんだよなあ

(2017/8)


個人差と作品差があるとは言え「これはいい作品だ」と思える作品に触れるのは、実は「これはあんまり……」と感じる作品に触れるより遥かに無駄なエネルギーを使わず済むというのもありそう
それも込みで名作であることを重視して作品に触れるというのはとても分かるし至極当然の最適化とも思いますね

(2017/8:アニメや漫画の著名な作品しか触れない、という談に対して)


エピソードを従属させたキャラが寄り集まって成立した1つのストーリーという形式(とそれを書く人間)が否定されたからストーリーが全て否定されているんだという思い込みによってできている
感動の担い手はキャラ、笑いの担い手はキャラもしくはダイアログ……と大雑把にでも考えていったとき、ストーリーそれ自体が担うものは何だろうと問うと自分の中では「何を伝えたいか」とかいう抽象的ながら妙に核心の1つと思しき回答が得られた
あの記事を書いた人が真に憂うべきだと思えるのは、伝えたいことが普遍的でなくなったりいまいち判然としなくなったりしているストーリーの存在なんじゃないかなあ

(2018/1:とある匿名ダイアリーを読んだ際の所感。まあ、本業の人は大変だなと思いながら見ていた)


何というか、猜疑心がそういう働き方をする性分なのでやっぱり距離を取って物事を楽しむのが自分には一番適してるんだよなあ
きっかけが少し意外だなーと思いながら読んでみたら中の人に興味がないゆえに事の経緯が奇異に見えていたようなのでなるほどという感じ
まあ自分もこれにはどちらかというと賛同する側だと思う
そうだ、好き嫌いじゃなくて自分のこれはリスク回避の拒絶反応だ

(2018/1:『アイマスから足を洗った』というブログ記事を読んだ際の所感)


物書きも書いてないときはただの一般人だからなあ

(2018/2:作品批評より作品のほうが立場としては上という談を見た際の所感)


考察で書いた物は登場人物が動いた結果書きたくなったことを起点にしてシナリオを意識しつつ再度そこまでの道筋を眺めながら書いてる二度手間(おそらく○○さんや□□さんとも近くて、かつこの場合想定してない話になるケースがある)
それとは別に起点から登場人物が勝手に動き出した物も時々ある

なので(これはずっと思ってるんですけど)、ボクがメンバーとして参加した時点でプロジェクトの設定がある程度しっかり煮詰められてたのは自分にとって結構ありがたいことです

(2018/5:「箱庭の中でキャラが勝手に動くのを物語に起こす」創作手法に関するボク自身の談と、Armoniaの裏話。他の方の名前は伏せました)


自分が下手だと分かっていても純粋に技術で勝負し続けたかった

(2018/3:冒頭の投稿への付け足し)


以上、これらは猫を被っていないボクの一部です。最後まで飽きずに読んでくださった方がいましたら、この場を借りて厚くお礼を。

Written on 2018/12/22