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勝木翼の置かれた世界と『暗黒勇者』の疑似パラドクス

Category: 漫画 考察

本当は前書きをちゃんとしたかったんですが、投稿直前にドタバタしてしまって考える余裕がありませんでした。
なので早速今回の考察エントリの本題に移ります……

概要

『暗黒勇者』は翼にとって、家庭環境により余儀なくして創造された呪縛の結晶
そんな話をこのエントリではしてみようかと。

暗黒勇者とは!

魔族の血を引く主人公が実の親である魔王と決別し 己の手で世界の安定と秩序を取り戻す物語である!
(出典: はんざわかおり "こみっくがーるず 3巻" 芳文社, 2017年, P100-1)

とまあ、あらすじはそんな感じなんだそうな。
さてこの作品。作者である翼の生い立ちや生活環境、並びに精神状態がどれほど反映されているかを、こみが本編をご覧になっている方はお分かりかと思います。
元々登場人物が身につけているような装束を纏って執筆をしたり、スポーツものを描くにあたってバレー部へ一時的に入部したこともあるほど、V先生は作品に没入するタイプのまんが家として描かれていますが(cf. かおす先生, 爆乳♥姫子先生)。
作中で救い出したルミエール姫というキャラに「女の子(ヒロイン)と言えば小夢だから」と小夢の嗜好を投影しようとしたり(3-P64-7)。
その小夢に避けられていた時期は、主人公まで姫との距離感を測り兼ねたり(1-P94-4)。
上述のあらすじが紹介された回にて、自分の母親を魔王のモデルにしていたことをその母親本人に看破されたり。
琉姫と出会った頃描いていたのが暗黒勇者の原型と思しき漫画であり、自らがお嬢様であるために家庭環境に束縛されてきた翼が兄の影響を受けて「自分だけの自由な世界つくってみたい」と思ったことから生まれたモノであると同時に、魔王=母親であることをもう少し直接的に示唆するモノであったり(4-P104-1~4)。

これらのことから『暗黒勇者』は、あすか先輩のアシスタントや前任の編集さんの元でのデビューなどといった執筆経験により腕を磨いたV先生が満を持して世に送り出した、自身の決起を描く物語であると言えます。

終わりの見えない勇者の戦い

「自分だけの自由な世界」を作っていたところから「たのしませる側になりたい(4-P105-6)」と一歩を踏み出した翼の手で、ファンである虹野先生曰く「たくさんの読者に日々の生きるたのしみを与えている(3-P98-6)」までになっている『暗黒勇者』。
商業作品ですから、人気作品であればこそ長期連載されるであろう可能性は容易に想像がつきます。
事実、作中2年目の時点で25歳か26歳である(5-P72-8にて言及された編沢さんの年齢、及び5巻冒頭で紹介された編沢さんの誕生日より逆算)虹野先生は、教員採用試験に忙殺されていた時期に『暗黒勇者』の1話を読んでおり(2-P22-1、3-P98-7)、ストレートで大学4年次に試験に合格していたと仮定すれば、『暗黒勇者』は4年程度連載が続いている計算になります。
そして現時点での『暗黒勇者』には完結の気配もなければ、フーラ先輩の作品になされたような打ち切り通告もありません。

勇者はいつになったら魔王を倒すの?

『暗黒勇者』を実際に読んでいるとしたら、こんな疑問が浮かんできたりもするでしょう。一般的なラブコメで例えるなら、主人公格の男女が終盤までずっとくっ付かずにいるようなモノです。
もちろん、それらしい展開で魔王を倒して「主人公が世界の安定と秩序を取り戻す」ことになってもいい。
ただ、それでは現実の魔王を破ることはできない。翼の母親も『暗黒勇者』を「翼ちゃんのガンコさや視野の狭さがよく出て」いると評した(3-P100-7)以上、それを覆す仕上がりでなければ、本当の意味で物語にケリをつけたことにならないから。
この点に関しては、主人公がRPGのごとくレベルを上げて力をつけたり仲間を得たりしていくプロセスを、そのままV先生の成長過程に置き換えることができるでしょう。長期に渡ってその過程を魅力的に描ければ、ファンだってもっと増えていくことに繋がります。
しかし裏を返せば、自身の精神面が登場人物へそのまま反映されるV先生にとり、自分の分身が主人公を務める物語はとりわけ諸刃の剣になり得る、そんな危険性にも触れておくべきです。
その上更に、『暗黒勇者』の連載が続くのはまた新たな問題を示唆してもいて……

「自由」とは名ばかりの呪縛

今一度翼の原点に立ち返ってみます。
彼女は自由な世界をつくりたいと願ったことからまんが家を志すようになりました。
その結果として始めに生まれた世界。

「『魔族の血を引く主人公=翼自身』が『実の親である魔王=翼の母親』と決別し 己の手で世界の安定と秩序を取り戻す」。

この世界に対する注目点は2つ。
まず1つは、これを本当に自由な世界と言えるのか
このあらすじは、(百歩譲っても主人公の視点では)魔王の手によって作中世界が不安定と混乱に包まれていることを意味してもいるハズ。
この物語が生まれて続くこと自体、『暗黒勇者』作中における主人公の束縛であるワケです。
自身に課せられた束縛を断ち切って自由を手にする『暗黒勇者』の根底を考えれば、全くの筋違いとは言い切れません。
しかし少なくとも、翼が原点として求めた自由な世界にまだ程遠いのは確かです。

2つ目に、自由の範囲が限定されること
この物語が生まれて続くこと自体が、『こみっくがーるず』作中における翼の束縛であると言っても過言ではありません。
物語はいずれ終わりを迎えます。そうなれば(あるいはそうなる前に)、作り手は作り手であり続ける限り、次なる自由な世界を創造することになる。
自分の生み出す世界に自分の自由を見出そうとまでするウイング・V先生なら、その意味の重みは尚更です。
登場人物に没入するウイング・V先生が真なる自由に辿り着くには、『暗黒勇者』に内在してしまった問題をどうしても解決する必要がある。
長期連載化の良い側面も前項で多少言及しましたが、それを遥かに上回る悪い側面が、疑似パラドクスとしてここに厳然と存在しているんです。
しかも「見返すと下手でふるえる」デビュー作(1-P117-2)を排出した後に、ウイング・V先生はあろうことかこの世界観に立ち返っている。
それだけ翼にとって重要な問題であることを考慮しても、束縛を越えて呪縛の域に達していると言っても過言ではないと言えるでしょう。

見逃せないのは、この呪縛を生み出した原因の筆頭である翼の母親が、誰にも劣らない我が子への憂慮と愛情を寄せていること。
親である以上そういった思いを抱いていて然るべきではありますが、事態を抉れさせてしまったのも他ならぬ母親なのです。
翼が母親を納得させて破るまでの道筋も、翼が自由を求める限りはいつかきっと見つかるハズです。
その一例がこの捻じくれた構造の指摘と解消である……と言えたりするかもしれません。

終わりに

「もし親が子に向ける愛情を翼が認識するとしたら、にゃおす先生が子供を授かって外敵から守り通す様を目撃することによってではないか」と荒唐無稽な憶測がどこかで出てきたので、一応ここに放置。
<2019/6/29追記>
荒唐無稽だと思ってはいましたが、よくよく思い返すと猫カフェ回(2-P40-2)で「ねこ魔王」なんて珍妙なワードが出てきていたんですよね。億に1つでもそういう展開へのフリだったとしたら……とは考えられなくもないのか?
<追記ここまで>

物語において翼のような背景をもつ人物自体は、類型もあってまあ別に珍しくもないと思うんですが(例えば、スピンオフが最近話題の某女児アニメシリーズにおける「ひとりぼっちの女王」、もといひとりぼっち"だった"女王とかね)、翼は現状で比較的自由や自主性も認められている一方、その内心が「真なる自由を勝ち得たい」ことに偏重していて、シンプルでありつつも家庭内問題の解決には特に時間を要すると言えるのではないでしょうか。
加えて、翼の母親は元から翼にレール通りの進路を進んでほしいと感じていたようですが、それがゆえに自由かつ不安定な「まんが一本で自立を目指す道」を翼が選び、より状況が悪化している側面もあると考えられそうです。これは、勝木母子の確執全体にとってのお話。

何が言いたいかって、ここまで逆境に立たされた翼が自身に向けられた愛情とその歪みに気づき、母親への憎しみではなく感謝でまんがを描き進めるようになった上で、母親に心配無用と言わしめるほどの確固たる人気を獲得してほしい。

それは、翼が勝ち取る真の自由だった――みたいな、まさに少年まんがの如き展開を、ボクは "原作で" 密かに待ち詫びています。

Written on 2019/05/04