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「俺たちに帰る家なんてない、帰る場所をみつけるために俺たちは戦わなければならないんだ!!」

- 『仮面ライダー555』34話 / 草加雅人

8歳の高校教諭(物語の登場人物)と向き合う話

Category: 漫画 雑記

何だか誤解を生みそうなタイトルになってしまった。
諸事情から検索避けのような真似をしていますが、今回は思い入れのある作品についていつか書いておきたかったあれこれをまとめておく記事です。

差し詰め裏タイトルは「ボクが気に止めた作品の見方:『しょうこセンセイ!』編」ってところ。
好きな作品とは言え本記事では否定的な観点がちょっとだけ混じったりしますのでご注意ください。推薦作品であろうと、ボクは時にそういう話題も出すスタンスなので。

Q. 結局『しょうこセンセイ!』をどんな風に読んできたのか?

A. ブログ内の記事を引っ張ってくるだけでもこんな風になってます。
(ふせったーを含めた場合もっと膨大になるのでそちらは割愛)

1話から手堅さは充分だったので、ある程度はその時点で気にかけながら読んでいました。
1-Aの生徒たちや同僚の教師陣など、登場人物がとにかく多い本作ですが、そんな中でも基礎としてしょうこセンセイの行動を通じてパーソナリティ描写と問題の意識づけを優先的に行い、教員として最初の成長を描く。その後、徐々にしょうこセンセイが生徒から受け入れられるに連れ、読者も登場人物の把握が容易になっていく。このバランス感覚は初回にして下地がしっかり出来ていた賜物です。
そこから本格的に感想を書くようになったのは13話が契機。登場人物めいめいが自由に活き活きと動き回った軌跡をしっかり捉えながら、その実そこにはしょうこセンセイが大きな成長を遂げる(単行本収録分ラストを飾る意味でも)鮮やかな一区切りが刻まれていました。ボクはこういった作品を、連載漫画における1つの模範として捉えています。物語が何をテーマとし、何をどう魅せ、何をどう伝え、何をどう感じさせる意図の元に描かれているか、それらを節目節目で示しておくのは、ブレずに軸が通ったシナリオを生む中核となるためです。話数単位で発表されていく作品ならば、1話と最終話は言うに及ばず、そういった節目を複数見定めておくのが肝要。漫画の場合、その節目としては単行本が1つの候補たるワケですが、その点本作『しょうこセンセイ!』は文句のつけようがありません。とりわけしょうこセンセイ本人が自らを「しょうこセンセイ」と呼称し鼓舞するいくつかのシークエンスは、どのケースにおいて1つのワードだけで端的にその役割を果たしてくれる象徴的場面。なればこそボクは本作の可愛さにも、癒しにも、笑いどころにも、感動要素にも、それ以外にも陥落しました。加えて主人公である吉田翔子さんを指し「しょうこセンセイ」呼びに徹するようになり、14話以降は毎回感想をまとめるまでにもなったのです。

そんな『しょうこセンセイ!』において数少ない最大の欠点を上げるとすれば、ややくどく説明的すぎる発話が多いことでしょうか。
掛け合いとして笑いに繋がるシーンもまた、端的な台詞によるテンポの向上がモノを言うポイント。
一例として2-P34-4(17話)を示すと、

ローゼス「ハイハイ ワカッタワカッタ」
翔子「やめてっ!! わかんなくなるからっ!!」

このように「発話だけ引用しても意味が伝わりにくいかほぼ伝わらず、文章や漫画などコンテクストの上で明確に意味を為す」やり取りは、シナリオに最適化された発話の好例と言えるモノです。
反対に悪例としては、1-P103-4(12話)の

ローゼス「今度から英語を担当するフォア・ローゼス ダ!! ヨロシク、アイバーン!!」
相場「うち今後ずっと貴族みたいな名前で呼ばれるんかいな」

などが上げられるでしょう。このポイントは無論登場人物の性格によっても見方が変わってきますが(物事を筋道立てて捉えるしょうこセンセイならば説明臭い台詞に無理のない場面もある)、お世辞にも有効に作用していた場面が多いとは言えません。極論、どんな人物であれ(とりわけ驚いた場面や戸惑った場面では)1つひとつの発話が簡潔になったりもするものですが、本作でそういった例は少なめ。コマの隅っこにいる登場人物でさえリアクションが大切に描かれている本作ですから、この点も大事にされていれば……とやはり感じてしまうところ。
とは言えそれを瑣末に感じさせてしまうほど、他の側面できちんと漫画としてのディティールに拘り抜かれているのが『しょうこセンセイ!』の強みでもあります。一読者ながらボク自身、寧ろ逆に「この発話でよくここまで登場人物主導のシナリオを紡いできたなあ」と振り返るほど。
こうして考えた時、ボクの脳裏ではそんな『しょうこセンセイ!』に時折挟まれてきた無言劇のシークエンスが想起されました。適切に用いられれば台詞に頼り切りになるよりもずっと情感を高められるこの手法が、実際本作では効果的に配置されていた辺りも、ある種発話の精度に依存を見せなかった作品ゆえの道理なのかもしれません(適当)。

Q. 『しょうこセンセイ!』について、どんな思いを抱いているのか?

いくらかの理を提示し、それに基づき話題を展開した前の項に対して、こちらは言うなれば感情面での話。
あまり自分本位で歯に衣着せぬ論を書き殴るのも、長くなるのが目に見えている割に全く建設的ではないし、本記事の趣旨にも似いません。なので、これを書く今にして強く思っていることのうち、本作の本筋に収まる件だけを1つ……

A. 生徒たちの活躍を、もっと見たかった……!!!!!

しょうこセンセイが受け持ったクラスである1-Aのメンバーは、その成長に担任であるしょうこセンセイが関わってくるワケですから、翻ってしょうこセンセイ自身の成長を最も反映してくれる存在でもあるワケです。 ピックアップされた生徒では矢野さんや立花さんが窺わせてくれた成長の部分を、より多くの生徒について見ることができたら。それが、今自分の中で最も大きい願望のような気がしています。

更に言えば、(番外要素が混じりますが)名前すら出てこなかった生徒たちの存在もありました。
しょうこセンセイを軸に展開されている以上仕方ないにしても、1-Aには最低でも29人の生徒が在籍しているようですし、そのうち12人しか本編に出てこなかったのはもったいない。野々原さんが2巻範囲(20話)で登場した辺りから推察するに、いずれ他の生徒も出てきた可能性は大いに考えられます。たらればであるゆえ固執しすぎる意味もないですが、登場人物の誰もが1人ひとり大切に描かれている本作なら、後から登場した新たな生徒も上手く描かれ、それらがそのまま物語の密度やシナリオの密度を高めてくれたであろうことは想像に難くないでしょう。この辺りはしょうこセンセイに感情移入するまでのプロセスが描かれた立花さんと加藤さんを通じて外側の視点、ある意味での「部外者」を想像することもできる作りにはなっていますが……尚のこと却って惜しくも感じられてくるモノ。
これは(作り手側の事情を度外視すれば)、背景的にいくらでもネタが尽きない作品ならではの思い入れです。

Q. じゃあ今そんな『しょうこセンセイ!』に関して何をするのか?

A. 有志ファン主導の合同誌に参加させていただいてます!!!!!

今回は創作じゃなくてレビューによる参加なので、ここでも胸を張って合同誌の話をしようかなと (自分の携わった作品が絡む語りにはめちゃくちゃ苦手意識と忌避意識をもっている身) 。
物語の膨らむ余地も非常に大きく、様々な見方で読める作品だからこそ、敢えてかなり根源的なテーマを軸に語ってみました。

総勢31名の方々が参加されるこの合同誌、ボクにとってもご縁の塊みたいな側面が強くあったりしまして。
元を辿っていくとボクも誘われたり、逆に誘った方もいたり。
よく一緒に作品語りをしてる貴方、創作者としていつも世話になってる貴方、密かに名前を知っている貴方、やんごとなき事情で距離が離れてしまったけれど今でも応援したいと思っている貴方。
これでも企画が立つや否やいの一番に参戦表明した身ゆえ、また何よりそれほどに原典を気に入っているゆえ、参加者の1人に過ぎませんが思い入れは一入です。
制作に携わった皆さん、本当にありがとうございます。そしてぜひとも『しょうこセンセイ!』と『授業をはじめますっ!しょうこセンセイ合同本』を宜しくお願い致します。

Written on 2021/10/07