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時として真実は、いかなるものよりもつらく、悲しい。しかしまた、真実こそが、あたらしい生命をつくり出せるのだ。

- 『グラディウス2』 / 惑星グラディウス史記XIII 序文より

ボクが気に止めた作品の見方:『こみっくがーるず』編

Category: 漫画 感想

あー!!!!!
ついにこれを書く日が来るとは……

今回は平時以上に否定的な記述が強めです。ついていけない、合わないと感じた場合は遠慮なくブラウザバックしてくださいますようお願いします。

……この「ボクが気に止めた作品の見方」と銘打った記事、基本的には該当作品の良いところと悪いところを詳らかにした上で、それでもこの作品を気に入っているのだと公言するための記事です。
否定的な論陣を張るのは肯定的な見方をするより往々にして容易く (完璧などそうそうなくどんな作品であってもほぼほぼ例外なく粗を探せば1つや2つは見つかるもの) 、それでいて様になるコメントをしているなと印象づけることもできるため、そういった言及をする場合はただ筋道の通った記述をする以外にも、様々な面で細心の注意を払わねばならない。これはボク自身、普段から強く自覚しています。
そんなボクにとり、漫画『こみっくがーるず』は、お気に入りの1作でありながら以前一度苦言を呈した過去もある作品。
その苦言については、一般的なファンの方が読んでしまえば悪印象を与えるかその方の感想を捻じ曲げてしまうかの二択に陥りかねないような文章でした。
正直なところボク自身、批判的な談は「一読者が示した見解」の範疇で納得ないし理解してもらえれば充分であり、純粋に楽しんでいる読者の思いにまで害を為すのは本意ではありません。
しかし、そういった文章を斜め読みした上で過度の攻撃性を示してくる人もいれば、反対にボク自身の主張より感情のほうに同調してくる人もいる。そういった義理がなくても、です。
そのような事態は不健全極まりない。だから本来、こんな記事なんぞないほうが宜しいと言うべきでしょう。

なのですが……最新話を読んだ際、読み甲斐があり嬉しい回だと感じた自分もいた一方で、これはまた苦言を呈すべき回だったなと思わずにいられなかった自分もいました。
ですので、不本意ながら少々筆を取ってみるつもり。

表裏一体な長所と短所をもつ本作

多種多様な登場人物を描く物語は、それもまた人間的側面を多分に含むものであり、人物をいかに活き活きと描けるかが土台の完成度にも直結します。
この観点はジャンル問わず非常に重要で、とりわけ本作のような「日常描写へ比重を置いた作品」ではダイレクトにその丁寧さが浮き彫りとなる超重要ポイント。
『こみっくがーるず』に関してもその点はきっちり押さえてあります。ゆえにこそボクは本作を気に止め始め、とある1エピソードを通じてすっかり執心となりました。

しかし言うまでもなく、物語の完成度がそれのみによって決まるワケはありません。
物語の中でその起点や節目として登場人物に関する問題が提起されたのなら、その後のイベントを経てきちんと建設的な解を示すのも道理。
そして人物に比重を置く物語であるならば、それらも込みで全てがやはり丁寧に描写されるべきです。言葉を尽くすよりもそれが叶ってこそ、登場人物のパーソナリティは印象的かつ端的に、高濃度で伝わるもの。
本作は登場人物が成す日常そのものに主軸を置きすぎるあまり、このようなポイントを外しているケースも散見されるのです。

こういった評は作品個別の事象を入念に鑑みる必要性があり、踏み込めば踏み込むほど「どんな作品にも通用する理屈」が減っていくのも事実。
「日常描写へ比重を置いた作品」では必ずしも常にイベントを意識させる必要はありません。もっと言うなら「さほど意識を要しないレベルで細かいイベントが毎回連なって形成される」のが「日常描写へ比重を置いた作品」とも言えます。
だから作中2年目のバレンタインで主要人物間の心理的接近を描いた次の回に、突然徳島からダンボール詰めのすだちが何箱も来襲してきた(6巻)ところで、それくらい連続性の乏しい展開自体は一応問題にならない、本作のような作品ならばこそ成立し得る芸当でした。

その方向が極まりすぎた結果として生まれ出たのが、ボクにとって因縁深い、原作78話。
かいつまんでまとめるなら、主要登場人物である勝木翼のシナリオにおける節目「暗黒勇者アニメ化決定」のイベントが中途半端に開示され、全く無関係な別のイベント (萌田薫子誕生日パーティ) と衝突してしまったエピソードです。
これ、やっぱり今見てもボクは頭を抱えてしまうほど。まあ単行本で読む分には、持ち直してくれた次の回がすぐ後ろに控えているので半ば笑い話で済んでいますが。
3巻後半で大掛かりになされた前フリが軽視された構成の回をもってきて、その後をどう続けていこうというのか。初見時は「自分の気に入った作品って……」と厄介じみた問答を必要以上に吐き出しかねない状況でした。
(ちなみにそれを加速させた要因として「えっかおす先生の誕生日もそんな中途半端にやっちゃうんだ……どっちつかずすぎないですか……」といった感情的な部分もあり、この件について触れた過去記事はかなりとっ散らかっているのでここではリンクを貼らずにおきます)

本作において長所がきっちり活きた回

「登場人物の活き活きとした姿」と「物語としての軸」。二者のバランスが崩れている数少ない箇所の印象はやはり大きかったものです。
が、全編に渡りそんな回ばかりかと聞かれれば、もちろんNO。きちんと前後のコンテクストを掴み、その勢いを利用し鮮やかに描かれたエピソードだって存在します。
中でも特記したいのは、前述したとある1エピソード=58話や、個人的印象がそれに並ぶ88話
これらは……まあ悪影響を与えるなんてまずないと思いますので、リンクを張った上で詳細をそちらに譲ります。

前者は (感情面を抜きにして尚) 、主人公の萌田薫子が「かおす先生」としてバッチリ相応しい区切りを迎えた回。
かおす先生個人の物語は本作を俯瞰しても進みがかなり遅く、この回が掲載された5巻後書きで言及されてすらいたほど。
しかし、それは全く無問題。登場人物に比重を置いた描写がなされているなら、その歩みが物語へと現れるのも当然の話です。その場合もちろん進みの遅さを埋め合わせる別軸の物語も必要にはなってきますが、登場人物主導で描かれている以上そこは安心。盛り上げの役割を担う別の展開にも決して事欠かない『こみっくがーるず』のこと、この回でようやくかおす先生が「連載したい」と宣言したのは確かに遅けれど、それはかおす先生の歩みの遅さであって物語としての遅さではない。
満を持してやってきた、と表現するのがまさにぴったりな回だったワケです。

後者は「まんが家たちの日常」を描く本作において、「まんが家である登場人物個々の描写」と「登場人物の織り成す日常&関係性描写」を繋げるアプローチが追加された回。
更に当エピソード自体も58話と同じく、背水の陣を取った (その時点の) miki先生に対しうってつけな落とし所が待っている回となりました。
そしてキーパーソンのくりすについては動向自体が美姫の裏に追いやられていますが、その前の回でくりす自身の意思は示されており、確実に描くべきポイントと必ずしも描かなくて良いポイントがきちんと区別されて成り立ったエピソードでもあります。

それじゃ最新話はどうだったんですか? (100話感想)

……100話ですって。100話。キリ番じゃん。(話数的な意味で)これも節目じゃん。

再び持ち込みした事実が判明した流れで、寮母さんの来歴にスポットライトが当たった今回。
それは物語として見た時に破綻しているとまではいかないものの、もっと良いやり方があっただろうとまたもや頭を抱えたくなるエピソードでした。

簡潔にまとめるなら、1つのエピソードとしてのまとまりを意識しすぎるあまり、登場人物の活き活きとした姿や彼女たちが直面するイベントを描いている面が非常に薄くなってしまった、といったところ。こう書くとちょうど78話の正反対に位置してそうですね。
1コマ1コマは本作における平常通りのレベルで活き活きしているものの、起点として最重要な冒頭に最も隙間がありすぎて飛び飛びになっており、その動向は非常に追いかけづらいものです。「環境に気持ちが追いつかない」「私の人生なりゆきまかせすぎ?」とする寮母さん当人の言葉を追体験させる流れと見ることもできますが、それ以前の話として物語に不可欠な要素を落としている以上、読者に訴えかける表現としては弱い。
加えて何より印象を下げているのが、そういった寮母さんの内心を肯定するかのように終盤で「自分の話するの苦手」との発言を入れてしまっている点。これは読者視点で「そういった (良くない意味でダイジェスト感が強い) 隙間ばかりの構成に対する言い訳」と見えてしまいかねず、一時凌ぎの作劇と言うよりないものです。
このような場合「その登場人物にとって最も印象深かったイベント1つに焦点を絞る」「 (寮母さんの説明が不完全になり得るのならるきつー過去回のように) 主観視点ではなく第三者の視点で回想を進める」「見せたいイベントが多くある場合複数のエピソードに分割する」などの手段を組み合わせて用いるのが然るべき対応。これは登場人物の動きを見せる役割としての作り手側に委ねられているポイントです。
(話数的に)記念すべきタイミングで、作中一大人な人物としての範囲で様々な匂わせがされてきた寮母さんの人となりを描くに当たって、かようにバランスの面で配慮を欠いていたがため、非常に惜しいと言わざるを得ませんでした。

ただまあ、救われたポイントや、良い意味で印象的なポイントもそれなりにあります。
まず寮母さんは (乱暴な言い方をすれば) メインの枠から外れたポジションの人物である点。前例として上げた翼とも異なり、そのパーソナリティに関連する描写が匂わせレベルに留まっており、前回まで物語の主軸にくる気配もなかった以上、1話ピックアップされた回が難色を示され得る仕上がりだったところで大勢に影響が及ぶほどではありません。
また、後半の描写を汲み取っていくと本作らしい良さが滲み出た箇所も多々あったりします。最も印象的なのは虹野先生から寮母さんのまんがに向いた思いが示唆的に伝わる「そーいうこと言ってんじゃねーんだってほんと!!」とか。
そして感情面でとても気に入ったのは、今の寮生を見守る寮母さんの回想で最後に見据えたのが、奇しくも88話感想でその繋がりに触れたmiki先生だった点。
後半の点を拾っていけばそれだけでボクとしても決して憎めない回になるこのエピソード、感情ではとても大切にしたい思いでいっぱいです。

終わりに

好きな作品だからって何でもかんでも感じたままを書くのは無条件に免責される行為ではありません。
この記事をご覧になる貴方が「只管楽しむタイプの方」だった場合、ぜひともこの記事の内容はここで綺麗さっぱり忘れてください。
貴方が「作品を批評的に見ることもあるタイプの方」だった場合、お互いその談を表明する際には記述や公開時の対応などに細心の注意を払っていきましょう……ね。
それといつも通り、明らかに間違っている記述が本記事にあった際は直接お伝えいただきたく。

気に入った作品に触れる皆さんが、それを健全に、心地良く楽しめるよう願いつつ。

Written on 2021/12/07